鈴木 太郎のアメリカ便り No-15


自動車専門英(俗)語について

SCCJの皆さん、その後お元気ですか。

Three on the tree, Four on the floor。さて皆さん、これは何のことかお分かりでしょうか。

答えは前者が3速コラムシフト、後者が4速フロアシフトのことです。ステアリングコラムを木の幹にみたてる発想が面白いと思いませんか。両方ともアメリカ独特の表現でほかの英語圏ではあまり使われていないと思います。

今から39年前、アメリカに来た私が初めに買った車が中古の1962年型シボレー・コルベア・モンザ・クーペで、比較的めずらしいフロアシフトの4速でした。それを見て「あ、four on the floorだね」といった人がいて、このときこのような言い方があることをはじめて知ったのです。

というわけで、今回は自動車の世界で使われている独特な英語の表現について思いつくままにお話したいと思います。

Stick Shift:マニュアルトランスミッションの別名。スティック(棒)という言葉はシフトレバーを指します。昨今"I_can't_drive a stick_−_私スティックはだめなんです"と言うときはクラッチの操作が苦手ということを意味します。1960年代の終わり頃VWビートルのオプションに「オートマチック・スティック・シフト」というのがありました。これは普通のマニュアルトランスミッションにトルコンと真空作動の自動クラッチを組み合わせたもので、シフトは手動ですがクラッチペダルがなくシフトレバーに手をあてると組み込まれたマイクロスイッチがクラッチを切るようになっていました。またポルシェも初期の911に同じ構造のものをスポートマチック(Sportomatic)と呼んでオプションとしていました。

Short Shift:マニュアルトランスミッションでエンジンの回転をあまり上げずにシフトアップすることを指します。その昔私がはじめて運転を教わったとき、自動車部の先輩が"ローでちょっと転がしたらすぐセコに入れて"と教えてくれたものですが、これがショート・シフトに相当します。その頃のローギアは別名エマージェンシー・ローと呼ばれたとおりギア比が極端に低く、通常はセカンドギアからの発進が十分可能でした。

Gas Pedal:アクセル・ペダルのこと。Gasとはgasolineを短縮した言い方で(従って発音はガスではなくギャス)、アメリカ特有の表現です。これから発展して"Give a little gas - アクセルをちょっと開けて"という風にも使います。アクセルという言葉はもちろん日本特有の略し方で、英語でaccelと言う場合はacceleration−加速を指します。

Pedal to Metal:ここで言うペダルはアクセルのことで、この表現はフルスロットルを意味します。ペダルを一杯踏み込んだときにストッパーにあたるわけですが、pedalという言葉と韻を踏むmetalという言葉をストッパーの意味に使っているのです。他にペダルを一杯踏み込む動作を"floor"という言葉(動詞)で表現することもあります。

Four-banger:4気筒エンジンのことですが、何故か同種の表現で6-bangerとか8-bangerという言い方は聞きません。

Bang_water:これは私の親しかったエンジニアの友人がよく使っていた言葉です。余り一般的な表現ではないと思いますが聞いた人はすぐピンとくるはずです。意味はガソリンのことです。Bangとは上記の4-bangerやBig Bang(ビッグバン)という日本でも一時良く使われた言葉と同じく爆発のことを意味しています。

Tranny:トランスミッション - transmissionを愛称的に略した言い方。

Loose, Push:これもアメリカでしか使われない表現で、東南部から人気が広まって今やアメリカで観客動員数が最も多いモータースポーツと言われるストックカーレース特有の表現です。車の挙動を表すもので、皆さんよくご存知の表現で言い換えればloose ? oversteer, push ? understeerとなります。前者はリアエンドが緩く(落ち着きが悪く)コーナーで流れる、後者はフロントエンドが押されて外へ流れるという意味のことを言っています。

RHD, LHD:Right hand drive, Left hand drive、つまり右ハンドル、左ハンドルのことです。ご存知のようにハンドルは日本独特の用語で(オートバイのhandle barが語源?)、英語ではsteering wheelとなります。

FWD, RWD, 4WD:Front wheel drive, rear wheel drive, four wheel driveの略。FF, FRと言う表現は日本独特のものですが(スバルが30年以上前にFFの略称を初めて使った?)、最近のこちらの自動車業界ではかなりよく知られています。また4駆は最近4WDとAWD(all wheel drive)を区別して使い分けることが多くなり、前者をパートタイム4駆(ドライバーがレバーやボタンを操作して2駆と4駆を切り替えるもの)、後者をフルタイム4駆(常時4駆がエンゲージされており切り替えのレバーやボタンが無い)を表すのに使っています。

Stab bar:stabilizer barの略。別名anti-roll bar。

Shave:これは皆さん耳慣れない表現ではないかと思います。もともと南カリフォルニアから始まったホットロッドをご存知でしょう。Hotrodは言うなればアメリカ風の改造車。量産車の性能(主に加速)を上げるためにエンジンの載せ変えをしたり、ボディーにいろいろ手を入れたり、車高を極端に下げたりするのが一般的な手法です。このshaveという言葉はボディーの外装から部品を外して(剃り落として)外観をすっきりさせる事を指します。取り外す部品とは例えばドアハンドル、ミラー、窓の上の雨樋などです。

Slam:ホットロッドで車高を下げることを言います。Slamとは叩きつけるという意味ですが、低くすることをこの言葉で表現する発想が面白いと思います。日本語ではシャコタンという言葉がぴったり当てはまります。

Chop:同じくホットロッドでボディーのベルトラインから上の窓の部分を低くすることを指します。各ピラーを短く切り詰めるわけですが、さしずめPorsche Speedsterは356のchop版と言えるでしょう。また自動車業界ではベルトラインから上の部分をgreen house(温室)と呼んでいます。ホットロッドはアメリカ車の主流とも言うべきデトロイトの量産車の世界とは一線を画する独特の文化の産物ですが、近寄って見ると非常に奥が深く、また改造をする人たちの美的感覚にも優れたものがあってなかなか楽しいものです。いつか機会があったら改めてご紹介したいと思います。

Sail_Panel:車体を側面から見たときリアドアの後部のピラーをC-pillarと言いますが、この部分のボディーパネルをSail_Panelと呼びます。もともとC‐pillarとそこから後ろに引っ張ったトランクの側面の外板を一体で作ったためそのパネルをこういう名前で呼んだものです。

Tulip_Panel:これもボディーの部分ですが、リアウインドーの下端とトランクリッドをつなぐ部分のボディーパネルをこう呼ぶ自動車業界の専門語です。最近の車はトランクリッドがリアウインドーの下まで直接伸びている設計が多くこの部品そのものが存在しなくなったので、ほとんど聞く機会がなくなりました。

Backlite:リアウインドーの別名。手元にはっきりした資料がないのであてずっぽうをお許しいただきたいのですが、窓をLiteという言葉で表現するのは昔Four Lite SedanとかSix Lite Sedanと言われた名前と共通すると思います。Six Liteとは上記Sail Panelに固定式の窓がついて片側3つすなわち合計6つの窓を持ったスタイル、Four Liteとは前後のドアウインドーで合計4つの窓のスタイルです。

このほか皆さんよくご存知のように自動用英語もイギリスとアメリカでは表現にいろいろな違いがあります。例えばboot - trunk, bonnet - hood, wing - fender, petrol - gasolineなどです。

面白いのは日本で英語を使いながら他の国にはない使い方をする例があることです。例えばboot/trunkを指すのにラッゲージ(luggage)と言う言葉を聞かれたことがあるでしょうか。一方フロント・ミッド・エンジンという表現はたしか日本のメーカーが使い始めた呼び名でその意味では日本独特な英語なのですが、最近イギリスの雑誌でこの表現を使った記事を見ました。日本式英語が本場で受け入れられたひとつの例です。

日本式英語と言えば不可解なのが、同じ意味の言葉をふたつ重ねて使うものです。ボンネットフードと言う表現を自動車雑誌の記事などでご覧になったことがあるでしょう。そのほかにもシフトチェンジ、また自動車の外の世界でもマグカップなどという例があります。

最後にもうひとつ、私の記憶に残る最も奇妙な日本式英語の例をご紹介します。Stretchness‐ストレッチネス、これはなんだか分かりますか?以前にある自動車メーカーのエンジニアが使っていたのを聞いたのですが、エンジンが良く「伸びる」ということを言っているのです。動詞に"‐ness"をつけて名詞にすることが正しいかどうかの疑問は別としても、英語で全く同じ意味の言葉が見つかりません。そもそもエンジンが伸びるという表現自体日本でも最近はあまり聞かないようですが、私の解釈では強い加速感を伴って気持ちよく回転が上がる特性とでも言いましょうか。もし適切な英語の表現をご存知の方がおられたらお教えください。

取り留めのない話になってしまいましたが今回はこの辺で。また次の機会もどうぞよろしくお付き合いください。

(この項終わり)

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