鈴木 太郎のアメリカ便り No-17


ニューヨークの路上自動車整備工


SCCJの皆さん、こんにちは。

今回は道路そのものを仕事場として自動車の修理をやってのけるメカニックたちの話題です。
場所はニューヨーク市のブロンクス地区。通りがかりの車から注文を受けてその場で整備・修理を行うことを職業とする人たちが居ます。
普通ニューヨークで通りがかりの車と商売をするのはアル中で定職をもたない人がチップを貰おうとして赤信号で停車中の車の窓を
洗ったり麻薬をこっそり売りつけようとする場合、またはいかがわしい職業の女や男が客をとろうと声をかける場合などですが、それに
比べると自動車の整備ははるかに健全と言えます。

作業の内容はオイルチェンジのような簡単なものから始まってエンジンのチューンアップ、ブレーキの調整・部品交換、はてはアクスル
交換のような重作業まで警察の目を気にしながら路上でやってしまうと言いますから驚きです。
工具の類は旅行者が使うキャスター付スーツケースに入れてあり、携帯電話やポケットベルを駆使して必要に応じ場所の移動も自由です。

客にとっての利点は料金が安いということで、例えば正規の整備工場では30ドルかかるオイルチェンジが10ドル、200ドルのブレーキ修理は
その半額で済みます。多くの整備工は近所の自動車部品専門店のセールスマンとの申し合わせがあって客が店で買った部品の組付けを
請け負ったり、逆に修理に必要な部品を売っている店を客に紹介するという持ちつ持たれつの関係が出来上がっているのは他の世界と
同じです。

仕事の依頼を受けるのに携帯電話を使う現代の商習慣はこの職業でも当たり前となっていますが、なかには州の外から連絡をしてくる客も
いるとのことで、必要とあれば遠くはボストンやアトランティックシティーまで出張します。
彼らが一番忙しいのは給料日の直後、また一日のうちでは昼ごろから客がつき始めてオフィスが退ける午後5時過ぎが忙しさのピークと
いうのも特徴的です。

一口に路上整備工といってもいろいろな経歴の人がいて、経験が足りないため主に他の整備工のために客の呼び込みや使い走りをする人から
職業専門学校卒業の資格を持った人までが、また麻薬を買うお金を稼ぐためにこの仕事をする人もいれば、ちゃんとした家庭を持って毎日奥さんが
洗濯しアイロンをかけた清潔な作業服を着て出勤してくる人もいるという具合です。腕のいい整備工には馴染みの固定客がいますが、その客層も
水道の配管工から弁護士にいたるまでまことに多彩です。

専門の整備工場が腕のいい人たちを引き抜こうとする例は珍しくなく時々スカウトがやって来ますが、路上整備では腕さえ良ければ年収4万ドルは
楽に稼げるので雇用に縛られるより自由な立場のほうが気楽でいいという人が多いようです。
ボスの下でいろいろ束縛されることのない自由に加え、この仕事の魅力は事実上ゼロの必要固定経費と毎日手にする現金収入などの利点でしょう。

法的な観点からは路上整備は違法です。車両の修理、部品の脱着、オイルの抜き取りなどの行為を路上で行うことが市の条令によって禁止されて
いるからなのですが、警察の取り締まりで切符を切られると一回につき100ドルの罰金が科せられます。これをまじめに払う人もいるようですが
一方まったく無視する人もいて、最悪の場合は
留置場で一夜を過ごすことになります。常習犯のなかには地元の警察官と顔なじみになってファーストネームで呼び合う仲の人もいるそうです。
面白いことに警官のなかにも彼らの顧客として個人所有の車の整備を依頼する人たちがいて、彼らは当然ながら路上整備に対して好意的な態度を
とっています。

一般的に警察の対応は以前はかなりおおらかだったようですが、近年都市の環境整備の名のもとに違法業者の取り締まりが強化されるようになりました。
しかし格安料金の自動車整備への需要は常に存在するはずですから、今後自動車が使われ続ける限り形態を変えてでもこの商法が生き残ることは
間違いないでしょう。

この話はしばらく前のNew York Times紙日曜版の記事から引用させてもらいました。実を言うと私自身この記事を読むまではこのような商売の仕方が
あるということを知らず、ちょっと驚かされました。ニューヨークは時として判断の基準をリセットせざるを得ないようなことが起こっている
ところですが、同時にそれがこの大都市の魅力のひとつとなっています。路上自動車整備業もその典型的な例と言えるでしょう。

それでは次回まで、どうぞお元気で。

(この項終わり)

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