鈴木 太郎のアメリカ便り No-3


ちょっといい話

SCCJの皆さん、こんにちは。
今回は私が最近めずらしくちょっと感動した話をご紹介したいと思います。

話はカリフォルニア州の州都サクラメント市からネバダ州リノ市へ向かうインターステート80号フリーウェイのシーンで始まります。2人の中年男性がパンクした古い車の脇で途方にくれています。場所はシェラネバダ山脈を越える峠の上り、暮色が濃くなりはじめそのうえ水気を含んだ雪が積もり出すという最悪の状況です。

2人はその日、個人広告で見つけた1968年型フォード・マスタングGT/CSをサクラメントで引き取った帰り道だったのです。このマスタングGT/CSと言うモデルはCalifornia Specialという地域限定の特別仕様車で、ファーストバックのスタイルを持ち、燃料フィラーキャップがレーシングカーと同じワンアクションで開くタイプ、同時期のサンダーバード風の左右つながったワンピースのテールランプ、ファイバーグラス製のトランクリッドなどが標準型と異なっており、格別人気のあるコレクターズアイテムとは言えないものの約4,100台しか製造されなかったということもあってそれなりの価値があると考えていいでしょう。

この車の新しいオーナーとなったドクターと呼ばれている人がぼやいています。「あの人はたしかにスペアタイアは入っていると言ったんだけどなぁ」。ドクターは明らかに車マニアですが何百万ドルもするクラシックカーを買い集めるほど裕福ではなく、それでも時々1万ドル程度の出物を探してきては綺麗にレストアすることを趣味としています。ミッドライフ・クライシス真っ只中の彼いわく、「この方が浮気して離婚するより安上がりなんだ」。この点には彼の奥さんも同意しています。

フリーウェイ上でパンクしてから路肩に車を寄せてトランクを開け、はじめてスペアタイアもジャッキも入っていないということに気が付きました。運の悪いことに携帯電話は圏外でつながらず、同行した彼の奥さんは往路に乗って行った車で先に行ってしまっています。

売り手の言葉をあたまから信用して出発前にトランクを点検しないなんて人が良すぎたんだ、などと愚痴ってもはじまりません。外はますます暗くなるばかり。立ち往生した2人のために止まってくれる人もいません。

そのとき後方からヘッドライトの光がさして1台の車が止まり、窓の外から「いやー申しわけない。」という声が聞こえました。「お渡しする前にトランクを掃除しようと思ってなかの物を全部出したんですよ。ここで追いついて本当によかった。リノまで追っかけていくのはちょっときついし。でもスペア無しのまま帰らせることはどうしても出来なかったし・・・。」

この人はサクラメントから60マイルもあとを追ってきたのです。途中フリーウェイの出口やサービスエリアの駐車場にも目を凝らしながら。スペアタイアを彼の車から降ろすとき、リノ市の地図とドクターの住所を書いた紙片をダッシュに貼り付けてあるのが目にとまりました。やっぱり彼は必要とあればリノまで150マイルの距離を行く覚悟だったのです。何故なら車を引き渡すときスペアが入っていると約束した責任があるから。

話はこれだけです。いかがでしょうか。もしかしたら、なーんだたったそれだけかと思われたかもしれませんが私自身は最近めずらしくちょっと感動し、いい気分になりました。それはともするとぎすぎすした雰囲気が支配しがちな現代の社会でこのように自分の言葉に責任を持ち相手を思いやる、言うなれば古風な考えの人が居るという事実がさわやかな風のように感じられたからです。

あの9・11事件のあとアメリカ人、とくにニューヨーカーは他の人に対してフレンドリーで親切になったといいます。とは言っても昨年アメリカに戻って以来、店の店員やレストランのウェイター、また最近よくある電話をつかった売り込みの態度などで不愉快な思いをさせられる経験をし、忘れかけていたアメリカ独特の素っ気なさにもう一度慣れようと努力していた矢先だけに私の反応が強かったのかもしれません。

一見素っ気ない態度は必ずしも善し悪しの問題ではありません。ただ日本在住中に本当の意味で心のこもったサービスに触れる機会があっただけにアメリカでもそういう感覚が完全に失われていないという事がうれしく感じられたのだと思います。一方現代の日本社会を手放しでベタほめするつもりもなく、きめ細かい心遣いがあちこちに存在する一方で自分本位で相手への思いやりに欠け、良心とは無関係のところでマニュアルに従ったサービスをしてさえいればしかられることがないというメンタリティーが存在するのも残念ながら事実だと思っています。

ここでご紹介した話は週刊AutoWeek誌12月24日号に掲載のCory Farley氏のコラムから引用させてもらいました。

今回はこれで。次回もよろしくお願いします。

(この項終わり)

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