鈴木 太郎のアメリカ便り No-9


エレクトラソン

SCCJの皆さん、そろそろ春の声が聞かれる頃となりました。その後お元気でお過ごしでしょうか。

今回ご紹介するエレクトラソンは多分あまり耳にされたことのない言葉と思いますが、
簡単に言うと電気自動車のマイレッジマラソンです。

エレクトラソン(Electrathon)という名前はelectric marathonを短縮した造成語で、
1978年にイギリスで初めての競技が行われたとされています。その後オーストラリアを
経て1990年代初めにアメリカに渡り、今ではヨーロッパのほか中南米、東南アジアにも
広がりつつあります。

レースの基本的なフォーマットは、限られた重量のバッテリーからの電気エネルギーを
使って1時間の走行距離を競うものです。勿論レース途中での充電や交換は許されません。
ガソリンを使うマイレッジマラソンは決められた距離を決められた速度かそれ以上で走って
消費燃料の少なさを競うものですからアプローチが少々違うものの、車両全体のエネルギー
効率が決め手という点では同じです。

資料によれば電気自動車の歴史は古く、1800年代の前半にさかのぼります。競争心は人間の
本能の1部ですから、2台目の車が作られた瞬間からレースがはじまるのは当然の成り行きで
1800年代後半にはスピード競争が行われた記録が残っています。ガソリンエンジンの車が
走り出す前の話です。スピードも結構速くその当時すでに時速100キロを越えていたそうです。

実用になる自動車の動力源として電気モーターが先行した理由は、始動が文字通りスイッチ
ひとつで簡単に出来るということです。これに対しガソリンや蒸気を使う内燃・外燃機関を
始動するにはガソリンの場合は外力でクランクシャフトを回し、蒸気の場合は湯を沸かして
蒸気圧が上がるまで待たねばなりません。結局1900年代に入ってからセルフスターターの
発明によって内燃機関の欠点が払拭され、近代になって石油危機や大気汚染などの理由から
電気自動車が再発見されるまで圧倒的な普及を示したのはご存知の通りです。

話をエレクトラソンに戻すと、1時間の走行距離はクラス分け、ローカルルール、コースの
設定などによって左右されますが、通常50km程度、条件次第では80km台の記録が出ています。
走行距離に影響を及ぼす最大の要素は搭載バッテリーの重量、すなわち蓄積エネルギー量で、
アメリカの場合は29キログラム(64ポンド)までとなっています。バッテリー重量規定は市販
されているバッテリーの規格に左右されるため国や地域の標準規格の差が反映され、例えば
イギリスやオーストラリアでは25キロ、メキシコでは40キロのルールが適用されています。

現在アメリカを始めとする北米諸国やラテンアメリカ諸国でエレクトラソンは学校教育用の
プログラムとして注目されており、事実これらの国のエレクトラソンレースはほとんどが
高校生のエンジニアリングコンテストとして開催されています。アメリカでは約500の高校が
課外プログラムとして取り入れていると言われ、また大学でも非常にお金のかかるソーラー
レースに代わってエレクトラソンを導入する傾向がみられるということです。

これに対し一般からの参加は少なくともアメリカに関する限り目立たないというのが実情のようで、
この点で日本のマイレッジマラソンとは少々異なります。

話をアメリカ、カナダ、ラテンアメリカに限ってもその中でいくつかの組織団体がそれぞれ独自の
ルールによるエレクトラソンレースを開催しています。ただ独自のルールとはいっても基本設計や
安全装備に関する部分はほぼ共通しており、その地域特有の条件、参加者やスポンサーの考えなどが
違いに反映されているといえます。大概の場合は他の団体からの参加に対して寛容ですが、
例外として制限つきの保険をかけた高校生のレースではこれを認めていません。

現在エレクトラソンレースには2つのクラスがあって、それぞれをFormula Electrathon
Experimental (F/Ex), Formula Electrathon (F/E)と呼びます。大きな違いはF/Exの方が
ジムカーナコースに適した低速のハンドリングを重視しているのに対し、F/Eは高速オーバル
コースでのスピードレース用で、空力の影響を考慮する必要があります。

高校生の競技では、スポンサーをつけて多額の予算で車両を製作することを防ぐため製作費に
2,500ドルの上限をルールの一部としているところが多くあります。このほかちょっと変わった
例としてオーストラリアでは2輪のクラスを設けています。

レギュレーションの例としてアメリカの高校生のレースに一般的に採用されているF/Exのものを
ご紹介しましょう。

バッテリー:最大重量はモーター制御系用も含み64ポンド(29kg)。バッテリーは通常市販されている充電可能の鉛タイプを使い改造は不可。事故の場合にそなえ車体にしっかり固定すること。
電気系:モーターとバッテリーの間にヒューズまたはサーキットブレーカーを備えること。レース中ドライバー又はレースオフィシャルが操作できるキルスイッチを備えること。ドライバーがアクセルを離すとモーターが切れる構造を備えること。ソーラーセルの使用は表面積1平米まで可。
車輪と車軸:荷重のかかる車輪を最小3個備えること。すべての車輪は常時地面と接触していなければならない。車両と車軸はブレーキングと操向時の荷重に耐える強度をそなえること。車輪はドライバーに接触する可能性のある場合はカバーを装着すること。
ステアリング:走行中の破断をさけるためステアリング系部品は強度を考慮してサイズを決めなければならない。ステアリングアーム、ボールジョイントおよび取り付け部品は1/4インチ径(6.35ミリ)の鉄棒相当の強度を持つこと。キングピンは1インチ径(25.4ミリ)鉄棒相当の強度を持つこと。車両の最小回転半径は25フィート以下(7.62メーター)。
ブレーキ:最低同じ車軸上の2輪にブレーキを備えること。ブレーキは車両を時速25マイル(40キロ)から40フィート以内(12.2メーター)で停止させる能力を持つこと。
ミラーと視界:最低1個のミラーを備えること。面積は最低8平方インチ(51.6cm2)。ドライバーシートからの視界(ミラーの視野は含まず)は最低270度。
車体:最大長さ13フィート(3.96m)。最大幅5フィート(1.52m)。
ドライビングポジション:ドライバーの頭は膝より後方になければならない。
衝突安全:前面、側面、後面からの衝突にそなえドライバーを保護するフレームとパッドを備えなければならない。フレーム部材のサイズは丸型パイプの場合は3/4インチ径(19.05mm)、角材の場合は一辺が3/4インチ(19.05mm)。肉厚は軟鋼1.65mm、クロモリ鋼1.47mm、アルミ2.11mm。パッドは転倒してロールバーに接触した場合の保護のため最低3/4インチ(19mm)厚さのクローズドセルフォームを装着。
ロールバー:ロールバーは最高点がドライバーの頭上最低2インチ(5.1cm)にあること。ロールバーは衝突保護のフレーム相当の材料を使用。
頚部保護:鞭打ちを防ぐため、ドライバーの頭後方に100ポンド(45kg)の力に耐えるパッドつきの保護装置を備えること。
シートベルトと腕拘束装置:最低2点式ベルト(ラップベルト)を備えること。ベルトの幅は最低2インチ(5cm)。ベルトは全車両を持ち上げられる強度を有すること。転倒事故の際本能的に腕で車を支えようとすることを防ぐため、ドライバーが車体外に腕を出せないような構造のボディーか手首または腕の拘束装置を装備すること。転倒の際ドライバーは20秒以内に車外に脱出できること。


やっぱりアメリカと言うべきか、我々が参加していたマイレッジマラソンに比べて安全性、特に
衝突安全性にかなり神経質に配慮して細かく規則を決めているようです。ついでに付け加えますと、
転倒しようとする車を腕で支えようとして怪我をした事故がいままでのところエレクトラソン史上
唯一の大きな傷害事故の例として記録に残っているそうです。

最後に余談をひとつ。
エレクトラソンレースがアメリカに導入されてから程なくしてエレクトラソンの名前をトレード
マークとして登録した団体がありました。目的は明らかに金銭的なもので、彼らは「元締め」として
独自のルールで独自にレースを開催し、参加者はその団体に会費を払ってルールブックを入手し、
また他の団体がエレクトラソンの名前を使うことを事実上不可能にしていました。これが法廷に
持ち込まれ結局1年前にこの商標登録は無効という判決がおり、ようやくエレクトラソンが一般名
として誰でも使えるようになったということです。

それでは次回までどうぞお元気で。

(この項終わり)

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