鈴木 太郎のアメリカ便り No-16


2005年デトロイト・オートショウ

SCCJの皆さん、お変わりありませんか。しばらくお休みをしたアメリカ便り、新年を機会に継続させていただきたいと思います。またよろしくお付き合いください。

1月の第2週といえば日本では正月気分が少し残っている時期でしょう。習慣が違うアメリカでは年末のクリスマスを祝うことに全エネルギーをつぎ込んで新年は元旦を休むだけ、2日から普通の業務に戻るので正月が特別な祝日と言う意識は薄いのです。そのため2週目からはじまるデトロイト・オートショウは地元では自動車業界の人たちに限らず一般の人たちにとっても新しい年が来たということを実感させてくれる行事となっているわけです。

デトロイト・オートショウ、正式にはノースアメリカン・インターナショナル・オートショウと呼びますが、ご存知のとおり東京、フランクフルトと並んで世界3大モーターショウのひとつとして重要な地位を与えられています。(近い将来北京がこれに加わると言われています)

この時期のデトロイトの気候はまさに厳冬です。数年前にショウの開始直前に大雪が降って飛行機の到着が相次いで遅れたため、現地入りをしようとしていた来訪者の多くが足止めを食らって大混乱となったことがあります。例年大雪の可能性はそれほど高くないものの寒さは大変に厳しく、日中で摂氏零下10度以下という年は珍しくありません。

もっと気候の好い春に開催してほしいという意見が出てくるのは当然ですが、変更の気配はまったくありません。理由はショウの開催をつかさどるのが地元のデトロイト自動車ディーラー協会であるという事実です。東京のショウがメーカーの連合団体である日本自動車工業会の主催という事情とはまったく対照的で、1月にショウを開く慣習は人々が家に閉じこもりがちな季節の販売に活気をつけようという考えから始まったと聞いています。

一般公開に先立って報道関係者の招待日が3日、業界関係者の招待日が2日、そして出席者が正装をして参加する募金のためのチャリティー・プレビューの日が設けられています。
私は仕事もかねて業界関係者用の日に行ってきました。詳しい報告は日本でもいろいろなメディアを通じてご覧になる機会があるはずなので、ここでは私個人の印象をお伝えしたいと思います。偏見と独断が含まれる部分がありますが、どうぞご容赦ください。また当然ながらオートショウの会場での印象ですから、静的な評価しか出来ませんでした。

アメリカ市場の一般的な好みは1990年代後半のトラック志向(SUV、ミニバン、ピックアップ)が一段落し、乗用車の需要がまた上昇し始めたと言われています。このショウではそれを反映するようにこのところ新しい世代の乗用車の出品が目立ちます。今年のアメリカ製乗用車の大きなニュースは大型車でのリア・ドライブ(RWD)の復活です。サイズが限られる小・中型車ではパッケージング効率の良い横置きエンジン、フロント・ドライブ(FWD)の組み合わせが例外なく使われているのはご存知のとおりで、1980年代以降は大型車もそれにならってFWDを採用してきました。これが最近になって操舵と駆動を2つの車軸で分担するRWDの方が運動特性や振動特性設定の自由度が大きいという利点が改めて認識されるようになったのです。ずっとRWDに固執してきたメルセデスやBMW、また大型レクサスの成功の影響も無視できないでしょう。RWDの欠点としてはFWDのように駆動輪の 荷重配分を大きくすることが難しく、したがって雪道での駆動力が不足するという問題がありますが、トラクションコントロールや全輪駆動(AWD)のオプションを加えることによって対策とするのが最近のやり方です。必要に応じて4駆にシフトするシステムを4WD、常時4駆がエンゲージされているシステムをAWDと区別して呼んでいますが、近来の技術の向上と部品の量産によるコスト低減がAWDの広範な採用を可能としました。

新しいRWD・AWD乗用車の例としてはキャディラック・STS、フォード・ファイブハンドレッド、クライスラー300Cなど、輸入車ではメルセデスとBMWのセダン、レクサスGS(アリスト)、アキュラRL(レジェンド)、インフィニティG35(スカイライン)などがあります。
いまAWD車が市場で受け入れられているという事実に私は個人的な感慨があります。今から30年前にはAWDは構造が複雑、価格が高い、重量がかさんで燃費が悪くなるなどの理由で市場の受け入れが困難と考えられていました。これを最近になって一転させたのはSUVの人気です。つまり他の理由で買ったSUVに4輪駆動が備わっており、その効果を体験した人たちがAWDを価値のある装備として歓迎する結果を生んだのです。その昔、私たち一部のエンジニアが提案したAWD乗用車の構想が上記の理由でどうしても受け入れられなかったことを思い出すと複雑な気持ちになりますが、これが時代の進歩というものなのでしょう。

一方トラックも人気のクールダウンを何もせずに見ているわけではなく、その証拠のひとつがホンダの新しいフルサイズ・ピックアップトラックです。リッジライン(Ridgeline)と名づけられたこの車はその昔の軽トラックT360以来、ホンダとしてはじめてのピックアップトラックだと思います。リッジラインのユニークな点は他のフルサイズピックアップのほとんどがフルフレーム付きの構造を採用しているのに対し、もとをたどればオデッセイのプラットフォームが基になっているためモノコックボディをサブフレームと組み合わせ、横置きされたV6エンジンを載せていることです。これはもともと仕事の道具であるトラックとは明らかに違う車作りのアプローチで、乗用車ベースのSUVと同じクロスオーバーの一種ということになり、荷台の下にゴルフバックが3個入るサイズのトランクを設けるなどサイズと外観は似ていてもブルーカラーの男性的なイメージを強調した他社のピックアップとははっきりと一線を画した車となっています。余談ですがクロスオーバー・ピックアップの例として1970年代のVWラビット(北米産ゴルフ)・ピックアップ、スバルBRAT、現代のスバル・バハ(Baja)など、またプリマスが一時小型FWDのスポーティークーペTC3を基にしたピックアップを作ったことがあります。
最近のもうひとつの傾向が馬力競争で、量産車とコンセプトカーの両方で大馬力と高性能を強調した車が多く出品されています。ざっと見渡して500馬力がひとつの境界線と考えられますが、例としてシボレー・コルベットZO6(500hp)、フォード・シェルビーGR-1(605hp)、BMW・M5(500hp)、レクサスLF-A(500hp以上)、アストンマーティン・ヴァンクイッシュ(520hp)、フェラーリ・スーパーアメリカ(540hp)、ダッジ・ヴァイパー(500hp)、フォードGT(550hp)があります。2年前にキャディラックが16気筒1000馬力のコンセプトカーを出品して話題になりましたが、今年はさすがに4桁の馬力を謳うメーカーはありませんでした。境界線を300馬力まで下げるともう目白押しの状態で、たとえばクライスラー300C・SRT-8(425hp)、ダッジ・チャージャー(340hp)、フォード・マスタングGT (300hp)、インフィニティM45(335hp)、レクサスGS430 (300hp)、キャディラックSTS-V(440hp)、キャディラックCTS-V(400hp)、ポンティアックGTO(400hp)、シボレー・コルベット(400hp)と言った具合です。

どこのオートショウでも脚光を浴びるのが試作車です。最近はまったく量産の可能性がないドリームカー(古い言葉ですが)よりも近未来の量産車を示唆する車を出品する傾向があって、各メーカーがどこに重点を置いているかを示しているようです。近未来量産車のひとつがジャガー・アドバンス・ライトウエイトクーペ。これは近いうちにXK8に取って代わると言われており、全体にクラシカルな外形は血族関係にあるアストンマーティンと似たプロポーションながらまったく違う雰囲気を持っています。もうひとつの例がサターン・スカイです。このどことなく間の抜けた名前のサターン車は2人乗りのスポーツ・コンバーチブルで、今年中に発売になるポンティック・ソルスティスとプラットフォームを共有しています。初期のコルベット、80年代のポンティアック・フィエロに続いてGMはスポーツカーのためにまったく新しいプラットフォームを開発しました。2車を比べるとヌメッとしたオーガニックな印象のソルスティスよりスカイの古典的な、より自動車らしいデザインの方が私には好ましく見えます。2年前にデザインコンセプトとして展示され好評を受けたソルスティスは私にはちょっとくだけ過ぎたデザインという感じが強いのですが、これはスポーツカーとは背筋を正して真剣に操るものという私の好みの反映ですから良いか悪いかの問題ではありません。その意味でGMが2車の味付けを差別化したのは正しいやり方だと思います。

すでに公表されているように、このたびポルシェ911とボクスターの兄弟スポーツカーが相次いでモデルチェンジしました。先代の車は両方ともインテリアのデザインに曲線を多用していたため私の目には緊張感不足の印象を与えそのためにどうしても好きになれなかったのですが、今回のモデルチェンジではるかに真っ当なものとの印象が強くなりました。
欲を言えばあまりにまともすぎて凄みが足りないというのが欠点とも考えられますが、質感の向上を考慮してちょっと甘い合格点をつけたいと思います。インストルメントパネルまわりの緊張感という点では、やはり1990年代初頭の964シリーズまで30年続いたオリジナルの911のデザインに止めを刺し、ガキンという硬質の音をたてて閉まるドアの剛性感や石のように硬いブレーキペダルの感触などとともに古い911を今でも忘れられない車にしています。

新しく997シリーズとなった911に座ってみて驚いたのが、私の知っているどの車よりもシートの調節幅が大きいという事実です。シートを一番前まで動かして私の脚でも耐えられないくらい窮屈に感じたのはこの車が初めて、またクッションの高さを一番下げるとインストルメントパネルの上端がほとんど目の高さまでくるのもはじめての経験でした。一見それほど変わっていないように見える997ですが、このように細部を見るといかにも設計者の意気込みが感じられる様な気がしてうれしくなったことを白状します。現代の環境では経営の安定性確保のためSUVのカイエンに頼らざるを得ないという事情は仕方ないとしても、このさき末永くスポーツカー専門メーカーとして存続してほしいと思います。
新車・未来車の洪水の中で毎年古い車を展示するメーカーがいくつかあって、その車を眺めて新しい発見をするのも私の楽しみのひとつです。数年前に展示された1960年代のマセラティのレーシングスポーツ、バードケージは現車を間近に見る初めての機会だったのですが、周りの車と比べてあまりに小さいのにびっくりした記憶があります。今年はリンカーンが1930年代のゼファー、ポルシェが1950年代の550スパイダー、それとマイバッハが1920年代のリムジーンを持ち込んでいましたが、その中ではリンカーン・ゼファーが明らかにアールデコの影響を受けた形と線を持っているのがとても新鮮に見えました。
私にとって今年のうれしい発見は、これもちょっと古い車になるのですが、ジャガーXK8でした。この車はたしか1995−96年のころに発売されているはずなのですでに10年近くモデルチェンジなしに続いていることになります。実はこれまで近寄ってみる機会がなく実際それほど興味もなかったのですが、今回はフロアにおいてあるクーペに座ってみました。まずドアに近寄るときフロントフェンダーあたりに目をやると雰囲気がそれとなく古いEタイプの面影を残しているのに気づきました。ここでまず気分を良くしてから運転席に乗り込んでみると強いタンブルホームのために非常にタイトな空間の印象が強いのです。人によっては拒否反応をするかもしれませんが私には大変に好ましく思えました。この独特な印象はなぜか大変に強烈で、一瞬この車を所有したいとさえ考えました。以前にもXJSのコンバーチブルに乗った時に直感的にこの車がほしい、と思ったことがあるのですが、どうやら私とジャガーの相性は悪くないようです。これはXJ8セダンについてもほ ぼ同様なことが言えるのですが、一方量産フォードをベースにしたSタイプとXタイプはまったく別物の雰囲気を持っていると感じられたのは単に先入観に影響された印象だったのでしょうか。

今から5年前、ほとんど日本車の独壇場とさえ考えられた品質・信頼性の分野では他国メーカーの懸命な努力の結果その差が非常に小さくなっています。もちろん北米やヨーロッパの車も大きく進歩しているのですが、それを上回るハイペースが韓国車の躍進でいまや日本のメーカーも身構えずにはいられない状態となっています。また中国の急速な展開は市場の成長だけでなく技術的にも注目されます。同時にインドの技術力がすぐれていることも良く知られており、これらの要素を考え合わせるとこの先10年とは言わず5年単位で世界の自動車業界は大きく変わる事が予想されます。さらに環境保護や代替燃料車をめぐる動きもさらに活発化するでしょうからこれからも自動車業界の景色からますます目が離せません。

それでは次回まで、どうぞお元気で。

(この項終わり)

写真をクリックすると新しいウィンドウが開き1024*768(153KB-234KB)の写真が表示されます。



一般公開前のため比較的閑散としている
ショウの風景。
このショウで発表された新コルベットの高性能版
ZO6。7リッター、500馬力だが、軽量化などによって
低燃費車に課せられる税金を避けている。


参考出品車サターン・スカイ。

フォードのコンセプトカー、フェアレーン。
昔の量産車の名前を復活させて使っている。
居間の快適さと便利さを車の中で実現した、
と謳っている。


これもフォードのコンセプトカー、シェルビーGR-1。
元ルマン・ウイナーで60年代のスポーツカー、
コブラの創作者として知られるキャロル・シェルビーの
名を復活させている。
1936年型リンカーン・ゼファー。


アメリカ便り・トップへ